まる。の生きていく日記

大切な人達と生きていく日記。

「生きてるだけで、愛。」

5月の頭

実習訪問の予定が決まり、スーツも新調した

 

好きな友達への気持ちもまだぐちゃぐちゃで

話を聞いて貰えなかった、タイミングが合わなかった事で、恋人とも私は距離を置いてしまっている

 

 

何も出来なくてしんどいけど、

とりあえず最低限、

やらなければいけないことだけはやろうとして、

ちゃんと行動に移すことが出来ている

 

 

 

恋人と仲直りしたくて

自分の気持ちを切り替えたくて

恋愛もののぐちゃぐちゃな映画見たら、気持ち変わるかなって

「生きてるだけで、愛。」

を、見た

 

 

 

主人公に自分を重ねすぎて

 

というか、理解出来すぎて、苦しくなった。

 

 

 

作中のセリフ


「私、楽されるとイラつくんだよ。私がこんなにあんたに感情ぶつけてんのに楽されると。あんたの選んでる言葉って結局あんたの気持ちじゃなくて私を納得させるための言葉でしょ。」

 

「私を怒らせない一番の方法はね、とりあえずうなずいてやり過ごすんじゃなくて私が頭使って考えてるのと同じくらい考えてしゃべって、私がエネルギー使ってんのとおなじくらい振り回されろってことなんだよね。」

 

「どうしよう、だめだよ私。頭おかしいよ。私いっつもツナキに頭おかしいくらいに怒るじゃん?でもなんで怒ってんだが自分でも分かんないし自分に振り回されてぐったりするし、でも頑張ろうと思ったら行き過ぎて躁になるし、そんでこのあとどうせまた鬱がくるんだとか考えたらもうどうしていいか分かんない。」

 

「ねえ、なんで私ってこんな生きてるだけで疲れるのかな」

 

「あんたが別れたかったら別れてもいいけど、私はさ私とは別れられないんだよね、一生。いいなあツナキ、私と別れられて」

 

 

 

全てに共感して、泣いた

 

 

 

特に、上記2つ目のセリフは、痛いほど共感できて、苦しい

 

 

同じくらい好きを伝えられたくて

同じくらいぶつかりたくて

同じくらい尊敬し合って

 

 

そこに少しでも差ができてしまうと

心の距離ができたと感じてしまって

離れたくなるんだよ

 

 

 

 

死ぬしか、楽になる方法はないって、分かってるって話は

きっと、

「そうするしか自分から逃れられないから」

なんだろうね。

 

 

 

 

恋人と仲直りしたところで

一緒には、居られないのかもしれない

 

 

現実的に、

遠距離だから、

色々と、無理なものもあるだろうとは覚悟してるけどさ

 

 

 

 

苦しいな

憤りの話、推しを降りる話。

春が来た

 

むせ返るほどの春の匂いの濃さに比例するように記憶がフラッシュバックする

 

 

ここ2年半ほどで、自分の気持ちについて考える機会が増えた

 

そして、自分の気持ちの意思表示が出来るようになってきたところだ

 

 

今までは

物事を理性的に判断して

自分の感情(気持ち)は後回しにしていたから

 

 

そうじゃないと生き続けることが出来なかったから。

 

 

 

 

そして、自分の気持ちに素直になる事が出来るようになったからこその大きな変化がある

 

 

「許せない」

 

 

という気持ちだ

 

 

中学の頃のあの経験さえ無ければ

もう少し、今、違う人生を歩むことが出来たのではないだろうか

 

 

あの時助けてくれなかった

家族も

友達も

先生も

 

そして自分に対してすら

 

憤りを覚えている

 

 

許せないのだ、全てが

 

 

 

これまでは全てを許して生きてきたつもりだった。

 

しかしそれは、理性的な判断に過ぎなかったのだろう

 

 

 

何一つ許すことが出来ない

全てが恨めしい

みんな嫌いだ

どうして助けてくれなかった

どうしてあの時声を掛けてくれなかった

どうしてもっと知ろうとしてくれなかった

 

 

 

許せないのだ

 

 

 

 

 

復讐してやる

 

 

 

 

そんな気持ちにもなってしまう

 

仕方が無いと思う

 

復讐してやりたい、全てに対して

 

 

 

何も許したくないのだ

 

 

お前らが助けられなかった私という人間が

お前らのせいでどれだけ長い時間苦しんで

毎日死にたい死にたいと思いながら生きて

お前らが全部悪い

お前らのせいだ

 

 

死ぬまで忘れられないような地獄を味合わせたい

 

そう思っても仕方がないだろう?

 

そう思っても、許されるべきだろう。

 

 

 

簡単に殺すなんて以ての外だ

 

私は

20歳までの

人間としてある種

1番輝かしい時間を

全ての環境に

無責任な周りの人間に

奪われたのだ

 

 

 

死ぬまで苦しめばいい

 

そんな苦しみを味合わせたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

復讐鬼にでもなるのか?

というくらい

最近はそのような黒い感情が渦巻いている

 

 

だいぶ落ち着いては来たかもしれないけれど

 

この「ゆるせない」感情は

生きていく上で、大事にすべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のことを好きだと言ってくれた

女の子がいた

私の歌を好きだと言ってくれた

 

私はそんな彼女を推していた。

 

 

インターネット上でのそんな軽い「好き」なんて表現は

本当に軽いもので

相手が思ってるほど

私には、伝わらないものなのかもしれないね

 

 

 

私は彼女の事が好きだった

それはきっと「推し」だったから

高校の頃に出会って

はじめて歌声を聴いた時のあのトリハダを

未だに思い出してしまう

「推し」だから、幸せでいてほしくて

「推し」だから、認知されて、特別扱いされたくて

歌も容姿も性格も全て受け入れて好きでいるつもりだった

 

きっとそれは

ある種の「恋」だったのだろう

 

 

 

最近になって、

彼女の友達で居続けるのを辞めることを決意した

 

 

疲れてしまった。

 

 

彼女は、私が思う大きさの愛を

返してくれることはなかった

 

そもそも彼女と私の中には大きな認識の齟齬があるが故に、。

 

 

私の中で彼女の存在は特別で

私にとっての「推し」で

彼女しか考えられなくて

でもきっと彼女にとっての私は

ただの「友達」で。

 

私じゃなくても良いと散々実感させられた

 

甘いものが食べたいと言って

チーズケーキやショートケーキがあって

カロンもあればもっといいよねと

 

私は、甘いものの中のひとつであり

きっと個々に特性はあって

でも、

甘さを供給するだけなら

私じゃなくても出来るのだと

 

 

 

 

許せないことがあった

 

 

一緒に歌おうと話した

歌える環境まで持っていった

 

彼女はそれを忘れたのか

一緒には歌ってくれなかった

 

 

 

 

許せなかった

 

 

そんな行動のひとつが

私にはとても重く感じた

 

 

彼女との大きな繋がりの1つ

「歌」

 

唯一自分が

自分の中の認識で

彼女と「対等」で居られるもの

 

 

…それを忘れられてしまったのだ、と

 

 

「後回し」にされてしまったのだ、と。

 

彼女の中での

私の優先順位は、決して高いものでは無いのだ、と

 

実感せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「忘れてた、ごめんね」

 

そのように謝られるだけなのだろう

 

仕方が無い

 

もしかしたら

「都合がつかなくて」

「別の録音環境になったから歌わなくていいかなって」

「わざわざ言わなくても分かってもらえると思って」

 

そんなことを言われるかもしれない

 

 

 

どうでもいい

そんなことはどうでもいいのだ

 

 

 

 

彼女も沢山の人の歌を聴く

 

私の歌も聴いてくれる

 

が、拡散する事はまず無かった

 

彼女にとっての「推し」は拡散するが

私の事は、見守るだけで

 

私に対して

浴びるほどの好きを伝えてくれたのは

ほんの初期の頃だけだった

 

 

今は

歌を歌っても

歌が好きだと言ってくれない

 

私は特別ではないのだ

 

そんなことは数年前に気づいていた。

 

彼女からの好意は

他の「友達」に向けるものと

「同等」である

 

 

 

別に私じゃなくて良いのだ

 

私である理由はそこに無くて

 

ただ、友達だから

 

仲良くしたいだけなんだ

 

 

 

特別ではない、ということが、苦しくて、悔しくて

 

自分にとっての彼女の存在の大きさと

彼女にとっての私の大きさは

全く違うもので

 

そう感じたのが全てであり

 

それが結論なのだ。

 

 

 

 

これはきっと、

「失恋」

なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

彼女は、分からないものは分からないとハッキリ言う

以前、少し悩みを配信で吐き出した時に

一言「私には分からないな」

と、言われた

それが、凄く悲しかった

理解する努力を行うつもりも無いのかもしれない

楽しいことが好きだから

分かろうとすることに対して必要性を感じないから

 

 

「分からない」

という言葉が

相手が紡いできた事を

簡単に跳ね除けてしまう言葉であると知っているのだろうか

 

 

その行動は

私の「理解されたい」

欲求と相反していた

 

特別なあなたに、ただ、気持ちを理解しようとして、寄り添って欲しかっただけなんだよ、わたしは。

 

 

 

勝手に私1人傷ついて、傷ついて、傷ついて

 

 

 

それでも、好きで、悲しくて、でも、好きで。

 

 

どれだけ彼女のちょっとした言葉で

自分が傷ついても

好きでいようと努力してきた

 

好きでいる事が存在意義だと思った

 

だって「推し」だから

 

好きでいなければ

 

好きでいなければ

 

 

そう、思うようになっていたのかもしれない

 

 

だって、好きでいなければ

興味を持ってもらえなくなるから

 

 

今、この人を好きでいなければ

この人に「認知」して貰えなくなるから

 

 

極力笑顔で接し

極力明るい部分を見せるよう努力し

できるだけ、できるだけ、相手を好きな私だけを見せるようにし

 

彼女に対しての不満やドス黒い感情なんぞ見せてはいけないと自分に言い聞かせた

 

 

 

 

ある時

テスト前やら課題の積み重なりやらで

精神的に参ってる時期があった

頑張らなければいけない時期だった

少しでも周りにその頑張りを肯定されたかった

 

彼女は言った

「どうせ私とは遊んでくれないんでしょ!」

 

違う

そんな余裕が無いだけじゃないか

遊んで欲しいと思ってくれてる気持ちはわかるよ

私だって

遊びたいんだよ

遊びたい気持ちを押し殺して今、

息抜きにみんなと話してるだけじゃないか

遊びたくても遊べないんだよ

 

 

私はその時

頑張っている自分を否定された気分だった

 

 

似たような事が何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

あった

 

 

私は彼女に何も言わなかった

 

正確には、

冗談風に返事をした

 

 

 

心の中はぐちゃぐちゃで

 

 

彼女の

そんな言葉ひとつで私は

 

死にたかった

 

死にたかった、死にたかった

 

死にたい気持ちだった

 

死なせて欲しかった

 

それくらい

苦しかったのだ

 

 

 

好き故に

彼女の恋人に嫉妬した

 

その時の私の気持ちを

少しでも当時の彼女は考えてくれたのだろうか?

 

悔しかった

 

横にいることが出来ない事に

お金が無いことに

距離があることに

 

そして

私は遊ぶ余裕もなく

未来に向かって

私以外の人間のために頑張らなければいけなかった時期でもあった

 

 

必要以上に傷ついたが

癒してくれるものは

ネットで知り合った異性とのやり取りだけだったのかもしれない

 

 

 

「好きって言ってよ」

「私の事好きなんでしょう」

彼女は言う

 

同じ事を言い返してやりたかった

 

 

「私は一緒に居たいのにあなたは……」

「どーせ私の事……」

 

そうやって拗ねる

拗ねて、私によしよしされに来るのだ

 

可愛いと思った

嬉しかった自分もいたのだ

 

私の好きを求めてくれる彼女の行動が嬉しいと感じた

 

 

それ以上に

負担だった

 

 

 

生きるか死ぬかの瀬戸際で

過去と向き合い

己と向き合い

恋人と向き合い

家族と向き合い

将来と向き合い

 

全てと向き合って

疲弊して

 

極力誰とも接したくなくて

 

そんなことはつゆ知らず

彼女は私を求め

私はそれに応えた

 

 

 

あなたの周りの人間と関わるようになってから

私に対して独占欲を発揮してきたのも

私には負担だった

 

 

 

好きって言って欲しかったんだよ

ちゃんと

言葉で

行動で

もっともっと伝えて欲しかった

全然足りなかった

 

何もかも、足りなかった

 

私が

勝手に期待したものは何一つかえってこなかった

 

それでもいつか

私だけに特別な愛を注いでもらえると

 

勝手に期待し続けて

勝手に信頼し続けて来たのだろう

 

 

彼女にとっては

ただの

「友人の1人」

なのに。

 

 

 

 

多分

色んなことが限界だった

 

 

 

 

 

どれだけ嘘をついてきたのだろう

 

私の気持ちに対しても

彼女に対しても

 

 

 

 

 

気づけば私は傷だらけになっていた

 

痛いのだ

あなたのせいで

 

死にたいのだ

貴方が好きだから

 

貴方と一緒に居たかったのだ

 

好かれたかった、もっと、もっと、もっと!!

特別で居たかった!!!

 

私だけを見て欲しかったのだ

 

私という人間だけを

 

……これはきっと、恋だったのだ

 

 

 

 

 

 

 

「言葉にしなければ何も伝わらない」

私は言う

 

「何も言わなくても伝わるでしょう」

彼女はそう言う

 

 

推しではなく、

友達として関わろうと努力した2年だったと思う。

 

 

基本的な部分だ

相性が悪いのだ

 

そもそも友達として関わる上では

馬が合わないのだ

 

分かってた

隠すしか無かった

誤魔化すしか無かった

 

 

 

 

 

 

一緒に居られたら楽しかっただろうか

 

傷だらけの自分をひた隠しにして

首を絞めながら

血を流しながら

彼女の横にずっと居たのだろうか

 

 

 

未だに覚えている記憶

もう3.4年近く前だろうか

遊園地で小銭を沢山落とした人がいた

慌てて拾っていた

私は助けようと動くべきだと判断したが

 

「見ちゃった……!」

と言って喜んで笑っている彼女が横に居た

 

信じられなかった

目を疑った

あまりにも衝撃的だった

 

人が困っているのを見て喜んでいるのだと

 

私の好きな人は、そういう人なのだと

 

 

受け入れるしか無かった

 

空気を読むしか無かった

 

嫌われたくなかったから。

 

私が

当たり前に行う正義感は

私以外の人間にとっては

当たり前では無いのだと

 

 

 

 

 

 

ゾッとした

 

 

 

 

 

 

 

彼女から与えられる優しさや好意が

無償の愛ではないことを

私"だけ"は知っている。

彼女は「自分を好きな人間を愛している」だけなのだと

似たような事を

彼女自身の言葉で聞いたのだ

 

 

 

縁を切って

完全な他人になったら

小銭を落としたあの人と同じように

私も、嘲け笑われてしまうのだろう

 

 

 

 

 

 

もう、疲れてしまったのだ

 

傷だらけになりながら

傍に居ようとすることに

 

 

 

 

自分を偽ることを辞めようと思う

彼女のその優しさに触れて

喜んでしまう自分がどれだけ情けない存在なのかを実感する

 

 

 

 

好きだった

 

好きだったんだ、本当に、好きだった

 

幸せでいて欲しい

 

 

 

それでも貴方と

もう

"友達"にはなれないのだ。

 

 

だから、ごめんね

こんな身勝手な理由で離れて

本当に、ごめんね。

大好きだよ、幸せでいてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛されたい人間であるが故に

 

私は

 

知ってもらいたい

理解されたい

寄り添われたい

 

 

 

愛されて

知ってもらって

受け入れられて

 

そして、また、愛されたい

 

 

 

そんな極々

他者と親密度を高めるにあたって

当たり前と思われることを

23歳半ばにして

やっと出来るようになったところで

 

 

そして、気づくのだ。

 

 

私は

正義感が強いこと

くそ真面目であること

優しいということ

そこそこ賢いということ

 

 

傍から見れば「いい子」

 

 

しかし

これほど集団との関わりや人との深い繋がりにおいて

困難なものはないだろう

 

 

 

人間は堕落的な生き物だ

 

できない自分を受け入れられたい

 

出来なくて当たり前な人もいる

 

 

 

私はきっと、それらを理解できない

頭では分かっても、気持ちでは共有できない部分なのだろう

 

 

私の「いい子」の部分に

私がどれだけ苦しめられているのか

分かろうともしてくれないのだろうな

 

 

 

 

 

疲れてしまった

 

好きだった

 

全て許せない

 

 

 

 

許せないのだ。

 

 

 

それでも、

愛おしくて

大好きで

 

 

あぁ、生きるというのは

どうしてこんなにも、苦しいのだろうね。

集団の中で生きる事ができない

ここのところ、

「やるべき事」

はあっても

「やりたい事」

を見つけることが難しい

 

友人と仲睦まじく過ごせたら良いのだろうけれど、

距離が近く親密になればなるほど

優しすぎ且つ真面目すぎる性格が仇となって、しんどくなってしまう

 

そして一緒に居られなくなる

 

 

 

いつもそうだ、昔からそうだった

 

どこかの仲良しグループに所属する事は出来なかった、

誰かとだけ仲良くすることができなかった

 

みんなと仲良くしたい、

友達は多い方がいい、

みんな幸せでいてほしい

 

 

グループで活動するにあたって

どうしても意見の相違や価値観の差が出てきてしまう

 

また、メンタルの弱さを含め言葉の受け取り方の違いで傷つく人だっている

 

そういうのを考えなくても一緒に居られるのがグループなんだろうけれど

 

 

私にはどうしても無理だった。

 

 

 

「自分達さえ良ければいい」

「自分さえ楽しければいい」

「周りの人の事なんか考える必要ない」

 

 

その行動が善意であれ悪意であれ、

その思考回路自体が私には拒否反応を起こしてしまうものであるのだ

 

 

「他者を理解しようとしない人間が嫌い」

 

 

これに尽きるのだろう。

 

 

 

大好きな友人たちと距離を置いてから数日経つ

 

まだ、彼らのSNSをみにいってしまう

「元気にしているだろうか」

「何か辛いことは無かっただろうか」

「今日は何をしたんだろうか」

「どんな楽しいことがあったんだろうか」

 

好きだから気になってしまうのだ

見に行っては、苦しくなるのだ

わざわざ全てのアカウントからブロックしたのに

 

 

自分は

好奇心に負ける情けない人間であることを自覚する

 

彼氏は、そのグループの人達となんとかコミュニケーションをとるように心掛けているようだ

 

私の存在が仇となっているうえに、彼自身コミュニケーションをとるのが下手なので、みんなと上手く仲良くやっていけてる訳ではないようだ。

 

とても心配だし、私の存在がいかに邪魔であるか再認識させられる

 

 

当たり前にみんなと仲良くできればどれだけ幸せだっただろう

どれだけ私が苦しんでいるのか

彼らは知る由もないんだろう

 

理解しようとも思ってくれないのだろう

 

そしてみんな私を置いて

幸せに生きているのだろう

そんな幸せがどれだけありがたいことなのか知ろうともしないのだろう

「分からない」

その一言で終わらせてしまうのだろう

どれだけ羨ましいか

どれだけ恨めしいか

彼らは知らないのだろう

 

私は、無知な彼らに同情する。

私は、無知な彼らが羨ましいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌を歌うのが好きだった。

 

 

声を無くすくらいなら死んでもいいと思えるほどに。

 

 

歌いたいから、歌の活動をし始めたつもりになっていた、最近までは

 

 

 

違うようだった。

 

 

 

 

姉の存在に縛られていた

 

 

 

 

姉は歌が上手い

絵も上手い

私は彼女に芸術面で越えられるものが何一つない

 

だからこそ尊敬していた

 

だからこそ彼女に褒めてもらいたかった

 

 

姉に褒めてもらいたくて歌を練習した

 

姉に褒めてもらいたくて普段は絶対にしない努力をした

 

そして、SNSをはじめた

 

 

「多くの人間から認められる、評価されること」

 

 

 

そうすればきっと、

姉も褒めてくれると思っていた

 

 

 

「あんたの歌は好きじゃないから」

 

 

その一言で

なぜ歌を投稿し始めたのか

なぜSNSをはじめたのか

 

全てを思い出した

 

 

その一言だけだった

 

7年間の努力も

その行動も

全て水の泡になった

 

 

 

無意味だったのだ、

認めてもらえるわけがなかったのだ

 

 

 

姉は、私に対してきっと大きな劣等感を抱いている

 

そんなこと少し考えれば分かっていただろう

 

褒めてもらえるわけがないに決まっているじゃないか

 

 

 

 

 

それでも、悲しかった。

 

 

 

姉に褒めてもらいたかっただけなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

メイン垢のSNSをやめた

 

歌う事が楽しくなくなった

 

やりたい事が無くなってしまった

 

 

 

 

 

 

私にとって

「歌うこと」

「生きること」

 

と等しいと言えるほどに

 

大きな存在で

それだけの価値があるものなのだ

 

 

 

 

 

彼氏には大変迷惑をかけてしまって

沢山泣いてしまって申し訳ないなと感じる

 

 

 

「穴を埋めてあげられなくてごめんね」

 

そう言われた

 

 

仕方ないんだよ

 

あなたという存在を、生きる糧にすることは出来ない

 

 

自分のためにいきたかったんだよ

 

 

そういう性分で、申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

別れたいと感じる

 

愛されることが苦しいのだ

 

私は、生きたくない

 

死にたいんだよ

 

 

楽しく歌を歌えないのがこんなにも苦しくて

本当に情けなくて

 

なんでいきているんだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことが

まだ、見つからない

新たな歩み

2月

コロナの影響を受け、京都での遊ぶ予定が潰れてしまった。

 

仕方ないことではあるが、様々な影響を受けて、彼女たちと遊ぶことを辞めることにした

「周りからの期待を裏切ってしまう」

という自分の行動が怖くて、

許しを乞うように文字を並べる

 

 

「いちいち言葉にしなくても大丈夫だよ」

と、大好きな友人に先日言われたところだった。

 

どうして私は文章に書いてしまうのか、と

 

いわゆる「ケジメ」とか

自己満足の部分なのだろう。

 

 

クリスマスに、恋人が出来た。

 

私がどれだけ死にたくなっても、愛を向け続けてくれる彼と、私は幸せになりたいと願う。

 

前向きに頑張りたい気持ちも

後ろを向いてしまう気持ちも

沢山あって不安で、

それを理解してくれる彼が好きだ。

 

彼自身が似たような経験をしているからこそ、

「本当の意味」で、信頼出来るのだろう

 

 

 

 

昨年は、友人関係を築く良い1年になったと感じる。

 

今年は、恋人を大切にできる1年にしたい

今までどれだけ、恋人という存在を蔑ろにしてきただろうか…

 

依存とはまた違う、大きな愛を持って、誠実に向き合って、一緒に生きていきたい。

冬に悴む

朝日が1番綺麗に見える季節が来た

 

もちろんそんなのは主観でしかない。

朝日なんて地球が滅ばない限りきっと誰がいつ見ても変わらない「そこにあり続けるもの」なのだろう

 

私はこの季節が好きだ

具体的には、12月というものが好きなのだ。

 

テストが終わり、誕生日が来て、あっという間にクリスマスがきて、大晦日がくる

 

「空気の寒さ」とは裏腹に「人の暖かさ」を感じるのだ

 

 

 

 

 

さて、最近の私はというと

ストレッチやリングフィットはサボりつつも続けてはいる

寒いからね、仕方ないかなって

 

自分への甘さは人生における必要経費なのだ

なんて、甘えた言葉が口先まで出て

飲みこもうとするが

友人の甘さに

背中をトン、と押され

固く結んだ唇の端から溢れ出てしまう

 

 

12月といえば

「マーダーミステリー」

をはじめてから1年になるのだと実感する

 

マダミスは、私という思慮深く脳回路がマグロで考えすぎてしまう人間には相性が良いゲームなのでは無いかと常々感じる

 

「自分の生きる世界とは違う世界に入り込む」

「自分がそのキャラだったら、と考えながらそのキャラクターを演じる」

「疑ったり信用したりして物語が進む」

「複数のENDが存在する(シナリオによるが)」

 

「現実逃避」とはまた違うもので、一時的にでも鬱状態の思考回路から抜け出すことが出来る為、正直助かっている

 

誘ってくれた私の大切で大好きな友人に感謝せねばならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

齢23を迎え、何か変化があるか、と聞かれると

単に「歳をとった」くらいのもので

 

……いや

きっと今は、生まれてきたことを心から喜んでくれる人がそばに居てくれているのだろう

 

 

 

 

 

彼や姉と話してて指摘され実感したことは

「他者が私という人間を優先する」

という選択肢が、私の脳内に無いという事だ

 

私を大切にしたいと考えてくれる人間にとっては、あまりにも当たり前の事なのに

彼らの立場になって考えれば直ぐに思いつくはずなのに

それが全く思いつかない場面が多々ある。

 

 

これはきっと「思考の癖」であり

「私は大丈夫だから、気にしないで」

という精神でほぼ23年間生きてきたからなのだろうと推測する

 

 

 

 

 

「大丈夫」

という言葉は

安心を与えるものではあるが、多用していいものでは無いのだろう

それらを多用する人間は

 

脳天気な人間

 

もしくは

 

人を信頼できない人間

 

自尊心が低い人間

 

なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

冬の木漏れ日が机上の水筒を照らしている

どこか冷たく、それでいて温かさを感じるのは

もしかしたら私だけなのかもしれない。

 

 

 

寒さで指先が上手く使えず、

今これを打っている最中も

何度も誤字をしては入力し直している

 

草木は枯れつつあり

地の肥やしになる

 

そしてまた次の春が来たら、緑が見え始めるのだろう

 

つまりは

「冬」というものはある意味で

「土台作り」

といったものなのでは無いだろうか?

 

田舎だからなのか、季節的なものなのか分からないが

窓の外には人1人居ない

 

静かで侘しさを感じる音が聞こえてくるだけだ

 

 

そんな季節だからこそ

 

ぬくもりに触れたくなるからこそ

 

 

この季節がこんなにも愛おしいのだ。

幸せを感じる ということ

テスト期間で疲弊している中、

彼という存在に大きく救われていると実感する日々。

 

 

書き始めから惚気かよ

と思われそうで、でも事実なのだから仕方がない

 

 

 

彼と関わり始めてから

 

鬱状態躁状態になった時に、それを受け止めてくれるという存在ができた

 

という事実が大きく私を変化させている

 

 

 

 

ただ、死にたいと思う日はもちろんあるのだ。

 

でも、生きたいと思ってしまう。

 

矛盾を大きく抱えながら生きている

 

 

 

 

「どうして死にたいのか?」

 

 

もちろん、生きていることがしんどいから

辛いから、苦しいから

過去がどこまでを私を追い詰める

逃げ場がない

身体が震える

涙が止まらなくなる

呼吸が乱れる

それらが襲ってくるのだ、ただ生きているだけで

 

いつどのタイミングでどんなきっかけかすら分からない状態で

 

ふと、襲ってくるのだ。

 

 

 

 

でも、それだけが理由では無いのだと痛感した、今日。

 

 

 

 

 

 

今回の学習内容の範囲として、高齢者や障害者の介護福祉の様々を勉強している

 

 

私の祖母も、公的な介護支援を受け施設に入所することが出来た

 

 

 

 

障害や認知症などを患った方が身内に居たとして

私はちゃんと、介護できるのだろうかと

 

そばに居続けることが出来ないのでは無いか、と。

 

どれだけ愛した人であっても

どれだけ人生を共に生きてきたとしても

その人に恩があったとしても

私を育ててくれた人であっても

 

 

私はちゃんと、その人たちの傍で

 

また、あの時みたいな鬱状態にならずに

精神を保って、お世話ができるのか、と。

 

 

 

 

殺してしまうのではないか?

もしかしたら心中するかもしれない

 

「他人に頼る」

手段を取ったとしても

「目の前の問題から逃げた自分」

に対して一生許すことが出来ず、

また私はそれで鬱になるのではないか?

 

 

 

 

 

「幸せな今」

がある分

「幸せじゃない未来」

が、怖いのだ

 

 

その未来を怖がる自分が憎いのだ

本当に

腹立たしい

 

 

 

 

 

 

 

 

私は

「幸せを感じる自分が嫌い」

と言うような事を何度も感じている

 

それはきっと、単に未来に対する恐れからくるものだったのだろうか

 

 

 

……いや、分からない。

ほんとに嫌なのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のこと好き?」

「そばに居てくれる?」

 

そう聞くと

 

「好きだよ、大好き」

「そばに居させて」

 

と、返してくれる彼

 

 

 

 

彼が、今、もし

 

不慮の事故にあったら?

事件に巻き込まれたら?

 

居なくなってしまったら?

私は、どうすればいいのだろう

 

 

 

 

 

 

ここまで私は彼を好きになる予定じゃなかったのだ

 

怖かったから

 

自分をさらけ出すことも

傷を見せることも

身体を触られることも

 

もし好きになってしまって、私の前から、また、居なくなってしまうことも

 

全部怖いのだ

 

 

 

それでも

そばに居て好きで居続けてくれる彼のことを

 

私は、好きにならずには居られなかったのだ。

 

 

 

そんな幸せを噛み締めて

来るかわからない、不幸な未来に対して不安を感じ

 

今、また

「死にたい」

 

そう思ってしまうのだ

 

 

 

 

なんて愚かな人間なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に彼のことが好きなのだと

最近、実感させられる場面があまりにも多くて困るのだ

 

しょーもない会話でゲラゲラ笑って

そんな事を当たり前に出来てしまう今の環境に

幸せを感じてしまうから。

 

 

 

 

ここにも、こんなに泣いてる事を書くくらいだ

もちろん通話しながらも、私は頻繁に泣いている

 

そんな私の事も、彼はきっと好きだと感じてるんだろうなと

 

 

そう自覚して

 

あまりにも幸せすぎて

 

また、私は泣いてしまうのだ。

 

 

 

 

秋の匂いがする

ここ数週間は、気温が上がったり下がったり寒暖差が激しい

もう10月半ばにさし掛かろうとしているのにも関わらず、じめじめとした暑さを感じる

気候の変化によってホルモンバランスが崩れ、精神も不安定になる機会もしばしばある。

 

 

先日は初めて、zoomを使用した長時間の講義を受けた

正直眼精疲労と緊張によるストレスで身体も心もいっぱいいっぱいで、不安定になっていたのかもしれない

それか、単に頑張りすぎているのか。

 

 

 

毎日、ほぼ毎晩通話をしている彼に言う

「私は貴方のことを好きになれないかもしれない」

「好きになりたいけれど、好きになる事自体が負担になると認識した時は、きっと貴方とお付き合いできない。」

「それはつまり、そうなった場合は今後一切誰とも恋愛をしないという事でもあるんだよ」

 

 

習慣になっているリングフィットを終え、シャワーを浴びながら考える

 

どうしてわたしは「恋愛」ができないのか?

 

 

 

中学の頃の記憶が脳裏によぎる

熱を帯びた身体を好きな相手にまさぐられる

快感、羞恥、そして背徳感。

 

それは場所を選ぶことは無い

時間を選ぶことは無い

 

彼の家の玄関で

リビングで

友人のいる目の前のコタツの中で

家の近くの路上で

私の家で

塾のバスの中で

学校の新館で

裏庭で

調理室で

体育館裏で

階段で

駐車場で

保健室で

 

学校に着いてすぐに

授業中に

休み時間に

放課後に

休日に

夕方暗くに

 

 

 

1年半近くに及ぶ、

「元彼」

との浮気行為

 

その1年半の中で3度?4度?彼女が変わっているのにも関わらず

私たちの関係は続いた。

 

 

 

 

「好きな人」

ができるということは

「触れられたい」

と思う事と等しい

 

 

 

それはつまり、

必ず「彼」を思い出すキッカケとなるのだ

 

 

 

 

当時の私には逃げ場所が無かった

ずっと良い子と言われ、周りにも慕われ好かれ愛され

 

 

「成績優秀」

「誰にでも優しい」

「人が嫌がることを率先して笑顔でやってくれる」

「コミュニケーション能力が高い」

「良い子」

「良い子」

 

 

そしてクラスメイトに

仲良くしてくれてた友人だと思ってた人達に指摘される

 

 

「デブ」

「うるさい」

「真面目ちゃん」

「天パ」

「ブス」

「似合ってないよ?」

「可愛こぶるのやめな」

 

 

 

 

田舎という閉鎖的な環境の中で

だれも、私が苦しんでることに気づいてくれなかった

いや、

気づいていたけれど、助けてくれなかった、の方が正しいのだろうか。

 

 

家族も、学校も

私にあるのは「彼」に「特別」扱いして貰えるという事だけだった

彼だけが、本当の私を知ってくれていた

本当の私を見てくれていた

本当の私を特別扱いしてくれた

本当の私を見捨てずにそばに置いてくれた

 

 

 

 

今思うと、仕方が無いように感じる

全てにおいて彼が悪かった訳では無い

依存してしまったのは私の方だ

彼の、歪んだ愛を受け止めようと決意したのは、私の方なのだ。

だって、私には「彼」しか居なかったのだから。

 

 

 

 

 

 

愛されていたかった

痛かった

 

それでも

特別で居たかった

 

 

 

 

ドロドロした記憶を探る

 

1度しかゴムは付けてもらわかなったのでは無いだろうか

 

あんなに何度も犯されたのに、わたしはゴムというものに直で触れた記憶が全くないのだ

 

 

 

中に出された事だってある

泣きながら、彼の家のシャワーを借りて掻き出した記憶が頭をよぎる

苦しい

 

 

 

 

 

親に相談することが出来なかった

 

わたしは親の「理想」だったのだ

 

「良い子」だから

「近所の人達にも慕われてる子」だから

 

間違いを犯すことは許されない行為だった

 

だから、何も相談できなかったのだ

 

親の期待を裏切りたくはなかった

 

愛されていたかったのだ、親にだって

 

 

 

 

 

 

関係の終わりを告げたのは、新卒の女バス顧問の教師だった

 

 

その日はお昼休みに駐車場に呼び出された

駐車場に行って

いつものように股をまさぐられる

わたしは羞恥で顔を上げることが出来なかった

キスをされる

舌を入れられる

 

その時だった

 

「何しとるん?」

 

 

一服しに駐車場にきたその教師は

恐らくどう対応してよかったのか分からなかったのだろう

 

 

 

彼はバスケ部だったこともあり、

教師は女バスだったこともあり

 

彼の恋愛事情について、今の彼女の存在について知っていたからこそ、教師は頭が混乱したのではないだろうか。

 

 

 

 

親にバレたくなかった

彼は呼び出された

わたしは、その後に親御さんに相談するかどうかのみ聞かれた

もちろん断った

 

 

その後のメンタルケアは何一つ行われなかった

 

担任や副担任になにか聞かれることすらも無かったのだ。

 

 

 

お互いの初めてをお互いに奪い合った関係は呆気なく終わった

彼氏という存在もデートもキスもセックスも全部

彼に奪われ

彼のいくつかの初めても、私が奪ったのだ

 

 

彼にとっての私が

「特別」

で居続けられる事だけが快楽だったのだ

 

 

 

彼にメールをする

「もうこの関係終わらせよう」

「ごめんね、好きだったよ」

「特別扱いしてくれてありがとう」

「受験前だからね、勉強お互い頑張ろうね」

「絶対負けないからね」

「またね」

こんなに前向きな文章だっただろうか

 ……いや、多分前向きだったと思う。

だって

ずっと泣いてたし

苦しかったけれど

素直じゃない性格をしているが故に

言えるわけがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

未だに「彼」を嫌いになることが出来ない

それは、恐らく私にも悪い部分があったとよく理解しているからなのだろう

だってあの関係は

周囲から見たら

「浮気」

でしかないのだ。

彼に彼女が居ることを知りながら近寄った

悪は、何をどう足掻いても、私なのだ。

 

 

 

 

「彼」の声を思い出す

仕草を思い出す

その身体を思い出す

触れた指の感触を思い出す

唇の感触を思い出す

 

 

 

もう何年も経っているのに

彼の存在に、わたしは棘のついたツタで縛り続けられているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、私を好きでいてくれる彼を思い返す

 

彼には全てを話した

全てを話したうえで、それでも

「大切にしたい」

「そばにいさせて欲しい」

そう、伝えてくれるのだ

 

 

 

 

この人のことを好きになれたらどれだけ幸せになれるのだろう、と

何度も何度も考える

 

彼にときめく場面も何度もある

付き合いたいと思う

触れて欲しいと思う

 

 

 

 

そして、

「彼」がまた、

脳裏によぎってしまうのだ

 

 

 

 

 

 

 

アーモンド効果を片手に今こうやって落ち着いてスマホを触って思考を纏めている

少し前はそれすら出来ないくらい精神が侵されていたのに

 

 

彼の存在に救われている

前を向きたいと思う

生きたいと思う

やりたい事が沢山あるのだ

やりきれてない事が沢山あるのだ

 

普通のデートがしたい

普通のキスがしたい

普通のセックスがしたい

 

当たり前に

恋人として愛されたいの

 

当たり前に

恋人として大切にされたいのだ

 

当たり前に

恋人として特別で居たいのだ

 

 

恋人のように手を繋いで

恋人のようにハグをして

「好き」

を伝え合いたいのだ

 

 

 

 

そんな当たり前の恋愛をしたいだけなのだ、わたしは。

 

 

 

 

「彼」の存在は、そんな「当たり前のよう」な事すら、許してくれないのか

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も何度も死にたいと思った

中に出されて、その後生理が遅れた時は、「彼」と一緒に死んでやろうと考えていた

家族も友達も何もかも許せなかった

何よりも、自分自身のことを許す事が出来なかった

 

 

 

 

 

 

「それでも、そばに居たい」と

彼はずっと、伝えてくれる

 

 

この人と一緒に居れば

わたしは何か、変わる事ができるのかもしれない

 

棘のついたツタを1つずつ丁寧に剥がして

そこから溢れ出す血を優しく抑えてくれはしないだろうか

 

 

 

 

 

わたしは、信じたいのだ。

過去を受け止めて

今を受け止めて

未来を受け止めて

それでもそばに居たいと伝えてくれる彼の事を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去のことについて書くのは2回目だろうか?

ここまで細かく書いたことは無いかもしれない

 

 

前を向きたい。

これらは、過去なのだ

変えられない過去だからこそ、前を向いて生きていくしかないのだ。

 

 

 

 

人は変わり続ける生き物であり

それはつまり

「成長し続けることが出来る」

 

 

 

 

 

 

当たり前に恋愛をできるようになったその時がきたら

過去の私に

「もう大丈夫だよ」

って伝えてあげられたらいいな。

 

 

 

過去の↓

https://miavoka6mia.hatenablog.com/entry/2019/05/18/232345