まる。の生きていく日記

大切な人達と生きていく日記。

幸せを感じる ということ

テスト期間で疲弊している中、

彼という存在に大きく救われていると実感する日々。

 

 

書き始めから惚気かよ

と思われそうで、でも事実なのだから仕方がない

 

 

 

彼と関わり始めてから

 

鬱状態躁状態になった時に、それを受け止めてくれるという存在ができた

 

という事実が大きく私を変化させている

 

 

 

 

ただ、死にたいと思う日はもちろんあるのだ。

 

でも、生きたいと思ってしまう。

 

矛盾を大きく抱えながら生きている

 

 

 

 

「どうして死にたいのか?」

 

 

もちろん、生きていることがしんどいから

辛いから、苦しいから

過去がどこまでを私を追い詰める

逃げ場がない

身体が震える

涙が止まらなくなる

呼吸が乱れる

それらが襲ってくるのだ、ただ生きているだけで

 

いつどのタイミングでどんなきっかけかすら分からない状態で

 

ふと、襲ってくるのだ。

 

 

 

 

でも、それだけが理由では無いのだと痛感した、今日。

 

 

 

 

 

 

今回の学習内容の範囲として、高齢者や障害者の介護福祉の様々を勉強している

 

 

私の祖母も、公的な介護支援を受け施設に入所することが出来た

 

 

 

 

障害や認知症などを患った方が身内に居たとして

私はちゃんと、介護できるのだろうかと

 

そばに居続けることが出来ないのでは無いか、と。

 

どれだけ愛した人であっても

どれだけ人生を共に生きてきたとしても

その人に恩があったとしても

私を育ててくれた人であっても

 

 

私はちゃんと、その人たちの傍で

 

また、あの時みたいな鬱状態にならずに

精神を保って、お世話ができるのか、と。

 

 

 

 

殺してしまうのではないか?

もしかしたら心中するかもしれない

 

「他人に頼る」

手段を取ったとしても

「目の前の問題から逃げた自分」

に対して一生許すことが出来ず、

また私はそれで鬱になるのではないか?

 

 

 

 

 

「幸せな今」

がある分

「幸せじゃない未来」

が、怖いのだ

 

 

その未来を怖がる自分が憎いのだ

本当に

腹立たしい

 

 

 

 

 

 

 

 

私は

「幸せを感じる自分が嫌い」

と言うような事を何度も感じている

 

それはきっと、単に未来に対する恐れからくるものだったのだろうか

 

 

 

……いや、分からない。

ほんとに嫌なのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のこと好き?」

「そばに居てくれる?」

 

そう聞くと

 

「好きだよ、大好き」

「そばに居させて」

 

と、返してくれる彼

 

 

 

 

彼が、今、もし

 

不慮の事故にあったら?

事件に巻き込まれたら?

 

居なくなってしまったら?

私は、どうすればいいのだろう

 

 

 

 

 

 

ここまで私は彼を好きになる予定じゃなかったのだ

 

怖かったから

 

自分をさらけ出すことも

傷を見せることも

身体を触られることも

 

もし好きになってしまって、私の前から、また、居なくなってしまうことも

 

全部怖いのだ

 

 

 

それでも

そばに居て好きで居続けてくれる彼のことを

 

私は、好きにならずには居られなかったのだ。

 

 

 

そんな幸せを噛み締めて

来るかわからない、不幸な未来に対して不安を感じ

 

今、また

「死にたい」

 

そう思ってしまうのだ

 

 

 

 

なんて愚かな人間なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に彼のことが好きなのだと

最近、実感させられる場面があまりにも多くて困るのだ

 

しょーもない会話でゲラゲラ笑って

そんな事を当たり前に出来てしまう今の環境に

幸せを感じてしまうから。

 

 

 

 

ここにも、こんなに泣いてる事を書くくらいだ

もちろん通話しながらも、私は頻繁に泣いている

 

そんな私の事も、彼はきっと好きだと感じてるんだろうなと

 

 

そう自覚して

 

あまりにも幸せすぎて

 

また、私は泣いてしまうのだ。